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米朝首脳会談の共同声明の英文と日本語訳文   

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米朝首脳会談の共同声明
2018年(平成30年) 6月12日


米朝首脳会談の英文

President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK) held a first, historic summit in Singapore on June 12, 2018.

President Trump and Chairman Kim Jong Un conducted a comprehensive, in-depth, and sincere exchange of opinions on the issues related to the establishment of new U.S.-DPRK relations and the building of a lasting and robust peace regime on the Korean Peninsula. President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula.

Convinced that the establishment of new U.S.-DPRK relations will contribute to the peace and prosperity of the Korean Peninsula and of the world, and recognizing that mutual confidence building can promote the denuclearization of the Korean Peninsula, President Trump and Chairman Kim Jong Un state the following:

1.The United States and the DPRK commit to establish new U.S.-DPRK relations in accordance with the desire of the peoples of the two countries for peace and prosperity.

2.The United States and the DPRK will join their efforts to build a lasting and stable peace regime on the Korean Peninsula.

3.Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.

4.The United States and the DPRK commit to recovering POW/MIA remains, including the immediate repatriation of those already identified.

Having acknowledged that the U.S.-DPRK summit-the first in history-was an epochal event of great significance in overcoming decades of tensions and hostilities between the two countries and for the opening up of a new future, President Trump and Chairman Kim Jong Un commit to implement the stipulations in this joint statement fully and expeditiously. The United States and the DPRK commit to hold follow-on negotiations, led by the U.S. Secretary of State, Mike Pompeo, and a relevant high-level DPRK official, at the earliest possible date, to implement the outcomes of the U.S.-DPRK summit.

President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea have committed to cooperate for the development of new U.S.-DPRK relations and for the promotion of peace, prosperity, and security of the Korean Peninsula and of the world.



米朝首脳会談の日本語訳文


 トランプ大統領と金正恩委員長は新たな米朝関係の樹立と、朝鮮半島での恒久的で強力な平和体制を構築することについての問題に、包括的で詳細かつ真剣な意見交換を行った。トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えると約束し、金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を完結するための固く揺るぎない約束を再確認した。

 新たな米朝関係の設立は朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信するとともに、相互の信頼醸成が朝鮮半島の非核化を促進できると認識し、トランプ大統領と金正恩委員長は次のように宣言する。

 (1)米国と北朝鮮は、平和と繁栄を求める両国民の希望通りに、新たな米朝関係の構築に向けて取り組む。

 (2)米国と北朝鮮は、朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制の構築に向け、力を合わせる。

 (3)北朝鮮は、2018年4月27日の「板門店(パンムンジョム)宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む。

 (4)米国と北朝鮮は、すでに身元が判明している者の即時送還を含め、残る戦争捕虜/行方不明者の回復に取り組む。

 トランプ大統領と金委員長は、史上初の米朝首脳会談が、重要な意味を持ち、両国間の数十年に及ぶ緊張と敵対を乗り越えて新たな未来を開く画期的な出来事であったと認識し、この共同声明の諸条項を全面的かつ迅速に履行するよう努める。米国と北朝鮮は、米朝首脳会談の成果を履行するため、ポンペオ米国務長官と北朝鮮側の対応する高官の主導による後続交渉を可能な限り早期に開催するよう努める。

 トランプ大統領と金委員長は、新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和、繁栄、安全の促進に向け協力すると約束した。




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# by magainfo | 2018-06-12 20:56 | 学術

舘ひろしと岩城滉一の不仲といわれた関係の理由と和解   

舘ひろしと岩城滉一の不仲といわれた関係の理由と和解
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舘ひろしさんと岩城滉一さんらは、1970年代に、バイクチーム「クールス」を結成。舘ひろしさんは、のちに、ロックバンド「クールス(COOLS)」を結成。岩城滉一さんは、俳優としてデビュー。


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舘ひろしと岩城滉一 仲間の通夜で42年目の和解、男泣き抱擁

 一世を風靡した不良バイクチームのメンバーだった2人は、若くしてスターへの道を歩み始める。血判状で友情を誓い合い、青春を謳歌した仲。しかし、互いが互いを思い合うからこそ、「あいつのために」と起こした行動が衝突を生んでしまう。次第に疎遠になり、42年。彼らの友情を再び引き戻したのは、早すぎる「仲間の死」だった。

「お前はどうしようもないヤンチャで、クールスに入れば規律を守るようになると思ったんだけど、お前は変わらなくて。もう一度みんなで走れたら、面白かっただろうな」

 岩城滉一(66才)が弔辞を述べると、参列者のすすり泣く声が響いた。2017年(平成29年)12月18、19日、神奈川県川崎市の寺院で伝説のバイクチーム『クールス』の元メンバーである「マチャミ」こと玉川雅巳さん(享年64)の葬儀が行われた。故人が愛用していた大型バイク、ハーレーダビッドソンのエンジンをふかし、仲間たちは爆音を聞きながら出棺を見送った。

 通夜では、かつてクールスのメンバーだった舘ひろし(67才)と岩城滉一が男泣きし、肩を抱き合って親友の死を悼んだ。

 青春を共にし、芸能界の第一線で活躍してきた2人は、お互いを思いやるゆえに長らくすれ違いが生じていた。そんな彼らの抱擁は、メンバーにとってあまりにも感慨深い和解の光景だった。その姿を見ながら、ある参列者はこう思ったという。

「マチャミの生き様と死が、クールスをもう一度1つにしてくれた」

 出会いは40年以上前に遡る。1974年、それぞれバイクチームを組んでいた20代前半の舘ひろしと岩城滉一が、都内の飲食店で鉢合わせた。眼光鋭い男たちのニアミスに、緊張が走る。だが、店の外に見知らぬ黒いバイクがズラッと並んでいるのを見た舘ひろしは、岩城にこう話しかけた。

「あのバイク、きみたちの?」

 以来、1才違いの2人は意気投合し、「少数精鋭で面白いチームを作ろう」と、原宿を拠点にしたバイクチーム『クールス』を結成する。元メンバーでミュージシャンの水口晴幸さん(65才)が当時を振り返る。

「“縁起の悪い日がいい”と言って、12月13日の金曜日、東京・青山にあったハンバーガー店に集まってチームを結成してね。《このチームはリーダー(舘)の独裁により運営される》と書かれた血判状に、メンバー17人がナイフを握って右手中指に傷を入れ、血判を押したんだよ」(以下、「」内は水口さん)

 黒い革ジャンに黒いジーンズ、リーゼントヘア、そして黒いバイクというそろいのスタイルで都内を走り回した。

「おれらが走ると他の暴走族もバイクで集まってきて一緒に流すんだよ。そのうちパトカーも追っかけてきて、そしたら蜘蛛の子を散らすように逃げる。表参道に歩行者天国ができたのは、おれたちのせいだっていわれてたね」

 クールスの名が一躍有名になったのは、1975年4月13日、日比谷野外音楽堂で行われた、矢沢永吉(68才)がリーダーを務める伝説のロックバンド「キャロル」の解散コンサートだった。熱狂するファンからキャロルを守る“親衛隊”を務めた彼らは脚光を浴び、レコード会社の誘いを受けてロックバンドとしてデビューすることが決まる。

 だが、それが舘ひろしと岩城滉一の間に溝を生むことになる。

「滉ちゃん(岩城)は役者として東映から映画デビューが決まっていて、“なんとか他のメンバーも出られないか”って東映に掛け合ってくれていたらしい。でも舘は“バンドもやって、映画にも出たら、メンバーに驕りができてチームがまとまらなくなる”って心配したんだと思う。だから“バンドはやるけど、映画には出ない”って断りを入れた。滉ちゃんにしてみれば、“せっかく東映に話したのになんだよ”となった。その頃から、2人の気持ちにズレが出始めた」

 俳優として人気の出た岩城滉一は黒い革ジャンを脱ぎ、舘も1977年4月に脱退して俳優の道に。クールスは継続したが、メンバーはバラバラになった。

「その後、メンバーで集まることは何度もあった。なにしろ血判を交わした仲だから、10年ぶりに会っても、一瞬で元の仲間に戻れる。だけど舘と滉ちゃんを一緒に呼ぶことはできなかった。みんな2人の関係に気を使っていたからね。でも、あの2人がそろわないと、クールスが戻ったとはいえないんだよ」

 そんな2人の距離を縮めたのが、創設メンバーの1人、雅巳さんの急病だった。雅巳さんはもともと岩城が連れてきたメンバーで、チームの中でいちばん“ヤンチャ”な存在。舘のマネジャーをしていたこともあり、2人とは深い間柄だった。

 雅巳さんは昨年秋に心筋梗塞で倒れ、12月12日、危篤状態に陥ってしまう。

「マチャミの奥さんが医者に“親族を呼んだ方がいい”と言われた時、“メンバーとは、血縁以上に深い絆で結ばれているから”って、おれに電話してくれたんだよ。お見舞いに行ったら、マチャミは人工呼吸器をつけて、ほとんど昏睡状態で。病室を出てすぐに舘に連絡し、他のメンバーにも声をかけ、14日夕方に病院に集まった。その時、滉ちゃんは来られなかったけど、スケジュール調整してその前にお見舞いに行っていたみたい」

 奇しくも12月14日は、血判を押してクールスを結成したその翌日だった。









# by magainfo | 2018-02-13 03:06 | 芸能界

丸岡いずみさんが婦人公論で代理母出産のインタビュー記事   

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162.png丸岡いずみさんが婦人公論で不妊治療と代理母出産の体験談を告白173.png

 元日本テレビキャスターでフリーアナウンサーの丸岡いずみさん(46)に、代理母出産(代理出産、代理懐胎)によって第一子となる長男が誕生していたことが23日、分かった。同日発売の女性誌「婦人公論」で丸岡さんが報告した。

 同誌によると、丸岡いずみさんは41歳で映画コメンテーターの有村昆さん(41)と結婚。すぐに自然妊娠したが、妊娠10週で流産。その後、体外受精による不妊治療を経て2度目の妊娠に至ったが、10週ほどで流産した。

 代理母出産を決意し、平成28年冬にロシア在住の代理母と契約を結び、今年1月3日に3400グラムの長男が誕生したという。

 丸岡いずみさんは婦人公論で「子どもが成長する過程でどんな状況が待っていようと、そのときそのときで、しっかりと向き合っていこうと思います」と話している。

 丸岡いずみさんは平成13年に日本テレビ報道局に中途入社し、「情報ライブ ミヤネ屋」のニュースコーナーを担当。40歳を超えても30代にしか見えない容姿などから「美魔女」「奇跡の43歳」などといわれていた。

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不妊治療と代理母出産(代理出産、代理懐胎)

# by magainfo | 2018-01-23 09:37 | 生活

ナイキミサイル   

ナイキミサイル
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056.gif訳あり無料情報やお得な情報の掲示板  <ーー

ナイキミサイル(Nike missile)とは、アメリカ製の迎撃用地対空ミサイルで、
MIM-14 ナイキ・ハーキュリーズ(MIM-14 Nike-Hercules)は、迎撃用核ミサイルです。



NHKスペシャル
「スクープドキュメント 沖縄と核」
2017年(平成29年)9月10日(日) 放送


1972年(昭和47年)の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の核拠点とされてきた沖縄(Okinawa)。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、アメリカ国防総省( United States Department of Defense)は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元兵士たちもようやく重い口を開き始めた。そこから浮かび上がってきたのは、核の島・沖縄の衝撃的な実態だ。1300発もの核兵器が置かれ、冷戦下、東西陣営の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となっていたという新事実。
1950年代から急速に部隊の核武装化を進めようとしたアメリカ(United States of America)と、国民の見えない所に「核」を欲した日本、両者の思惑の中、唯一の被爆国の番外地として、重すぎる負担を背負うことになった沖縄。新資料と関係者への証言から、沖縄と「核」の知られざる歴史に光をあてる。

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アメリカ北部ウィスコンシン州にある人口8000人あまりの田舎町。トレーラーハウスと呼ばれる小さな家の中で、その男性は落ち着いた口調で私たちの質問に答え始めた。

「そう、事故を起こしたミサイルには、広島型原爆と同じ規模の威力を持つ、20キロトンの核弾頭が搭載されていました。もし核爆発を起こしていたら、那覇の街が吹き飛んでいたでしょう。本当に恐ろしいことです」

男性は、元アメリカ陸軍の兵士、ロバート・レプキー氏(81)。レプキー氏は、1950年代末、沖縄に配備されていた核ミサイル、ナイキ・ハーキュリーズの部隊に所属し、核弾頭を含むミサイル全体の整備を担当していたという。

その事故が起きたのは、1959年6月19日。場所は、人口が集中する那覇に隣接した基地(現在の那覇空港がある場所)。訓練の最中、1人の兵士が誤った装置をミサイルの電気回路に接続したため、ブースターが点火。ナイキミサイルは水平に発射され、そのまま海に落下。巻き込まれた兵士1人が即死した。

そして、このナイキミサイルには、レプキー氏が自ら整備した核弾頭が搭載されていたというのである。アメリカ本土からやってきた事故調査団は、現場の兵士たちに、「事故についてはいっさい話すな」と命じたたため、レプキー氏はこれまで事故については誰にも語ることはなかったという。

沖縄の地元紙を見ると、事故が起きた直後、「ミサイル発射寸前に発火」という米軍当局の発表を報じる記事が出ているものの、事故を起こしたのが核兵器ナイキ・ハーキュリーズであることはおろか、実際に核弾頭が搭載されていたことはいっさい書かれていない。58年経って初めて、事故にかかわった当事者がテレビカメラの前で、その詳細を明かしたのである。

沖縄と核。2015年、アメリカ国防総省は「本土復帰前の沖縄核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認めた。終戦から27年間アメリカの統治下に置かれていた沖縄に核兵器が配備されていたことは「公然の秘密」とされてきたものの、その内実はほとんど明らかになっていない。

沖縄に最初に核兵器が配備されることになったと見られるのは1953年。この年、軍人出身のドワイト・アイゼンハワーが大統領に就任する。その年の7月、朝鮮戦争への対応を話し合うNSC(国家安全保障会議)で、アイゼンハワーが発した決定的な言葉が、最高機密指定の議事録に残されている。

「極東の空軍能力を増強せよ。緊急時の使用に備えて、核兵器を沖縄に配備する」

当時、アメリカは、ソビエト連邦を中心とする共産主義陣営との冷戦の真っただ中にあった。アイゼンハワーは、ソ連に比べ技術的に優位を保っていた核兵器を積極的に用いる方針を打ち出した。

しかし、当時はまだICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)など、長距離核攻撃を行う技術が開発されていなかったため、アメリカ軍は核兵器を前線基地に配備する必要があった。そこで選ばれたのが、アメリカの統治下にあり、かつ、朝鮮半島や台湾といった共産圏との対立を抱えた地域に近い沖縄だったのである。

ひそかに沖縄に配備された核兵器。その影響を直接受けることになった小さな島がある。沖縄北部、全国的な人気を誇る、あの「美ら海水族館」のすぐ対岸に浮かぶ伊江島である。

アイゼンハワーが大統領に就任した1953年、伊江島では、米軍による土地接収の通告がなされた。軍は、人々の家や畑を取り壊し、戦闘爆撃機が訓練を行う爆撃場を造った。

今回見つかった文書には、この爆撃場で「LABS(ラブス=低高度爆撃法)」の訓練を行うと記録されている。調べていくと、このラブスとは、当時開発されたばかりの核爆弾の投下方法であった。

地上150メートルという低空で戦闘機が侵入。そして、標的の直前で急上昇し、核爆弾をリリース。核爆弾が放物線を描くようにゆっくりと落下する間に、パイロットは、猛スピードでその場を離脱する。高性能化しつつあった敵のレーダーをかいくぐりつつ、パイロットが核爆発に巻き込まれないよう時間を稼ぐことを目的にした方法である。

そして、伊江島の人々の土地を奪って行われていたこのラブスの訓練が、住民の命を奪う悲劇を引き起こしていたことも今回の取材で明らかになった。

1959年9月、落下してきた模擬核爆弾が爆発し、農家の石川清鑑さん(当時28歳)が死亡。米軍の内部文書には、パイロットに爆弾の投下地点を知らせる発煙筒の誤作動が原因だったと記されている。

石川清鑑さんの1人娘、與儀京子(よぎ・きょうこ)さん(58)は、事故が起きた当時、生後9カ月だった。今回初めて、父の死の背景を知ったと言う。こみ上げる思いを、涙をこらえながら語ってくれた。

「なんでこんなことで父は死ななければならなかったのか。軍に土地を取られていなければ、こんなことにはならなかったはず。(父に)いてほしかった……」

一方、事故が起きた当時、伊江島で核爆弾の投下訓練を繰り返していたという元戦闘機パイロットは、私たちにこう語った。

「住民が犠牲になったのは気の毒に思う。しかし、当時私たちは、自由主義世界を守るという重要な使命を与えられていたのだ」

極東の安全を守るという大義の下に沖縄に配備された核兵器。しかし、いつしかその運用をめぐっては、国家や軍の論理が最優先され、住民の命は軽視されていった。

核が沖縄にもたらしたものは、事故や住民の被害にとどまらない。取材からは、米軍や米軍基地が、核兵器の配備とともに沖縄中に拡大していった過程が浮かび上がってきた。沖縄は、核の拠点として重視され、基地が強化、拡張されてきたのだ。基地集中の知られざる源流の一つがそこにあった。

現在も、抑止力の名の下に、日本におけるアメリカ軍専用施設の7割が置かれている沖縄。今回の取材で明らかになった「沖縄と核」の知られざる歴史は、沖縄が今も背負い続ける「負担の構造」を浮き彫りにしているのである。


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核ミサイル、沖縄で1959年誤発射 「爆発なら那覇は吹き飛んでいた」
(2017年9月12日 沖縄タイムス+プラス ニュース)

「NHKスペシャル 沖縄と核」では、当時、整備担当の元米兵の証言として「核弾頭は搭載されていた」「発射に備える訓練中に兵士が操作を誤り、ブースターが点火した」「核爆発を起こしていたら那覇が吹き飛んでいた」との内容を放送。

 米軍内部文書から「核兵器の事故はアメリカの国際的地位を脅かす」「全ての情報は関係者以外、極秘とする」との記述も報じた。

 翌20日の沖縄タイムス紙面では軍司令部情報部の発表として「ミサイルが水平状態で一部発火、その発射火薬で操作員一人が即死、他の五人が負傷した」としているが、核搭載との情報はなく「事故原因はまだ分からない」との記述にとどまっている。

 当時、整備工として那覇サイトにいた元米軍作業員の男性(81)は本紙の取材に「サイト8(那覇サイト)の点検日で、レーダー施設から発射台に向かったが、手前の兵舎で止められた。兵舎のハウスボーイから『ミサイルから火が出て、黒人兵が亡くなった』と聞いた」と証言した。男性は核弾頭搭載ミサイルとは聞いておらず「騒がれないよう、一部の事実は公表し、核弾頭のことはひた隠しにしたのだろう」と推察している。


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核弾頭を搭載したナイキミサイルが沖縄で1959年に誤発射していた衝撃的な事実(NHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」)


# by magainfo | 2017-09-21 00:40 | 社会問題

北朝鮮の白頭山の噴火の兆候や核実験での影響   

白頭山(ペクトゥサン)
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白頭山(はくとうさん,ペクトゥサン)は、中華人民共和国(中国)吉林省と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)両江道の国境地帯にある標高2,744mの火山。

北朝鮮の白頭山は日本海溝で沈み込んだ海のプレートが地下600キロ超に達した所の真上に位置し、それほど深くからマグマ上昇に至る仕組みが謎とされる。


北朝鮮の聖なる火山「白頭山」に噴火の兆候
調査チームが多発する地震との関連を示唆
(ナショナルジオグラフィック 2016.04.20)

 北朝鮮と中国の国境をまたいでそびえる白頭山(ペクトゥサン)。近年、付近で地震が頻発していることから、噴火の可能性について各国の専門家が調査に乗り出している。

 標高2744メートルの白頭山は、約1000年前に人類史上最大級の噴火を起こした火山で、吹き飛ばされた灰や岩石は遠く日本まで到達したといわれている。しかし、その実態については、詳しいことはほとんどわかっていない。

 現在、国際的な調査チームが、その地層から将来の噴火の可能性について、多数の地震計を使った調査を進めている。このような大規模な調査は北朝鮮ではほとんど前例がない。

「マグマや岩石の部分溶融といった、噴火を引き起こすものはすべて、その地下にあります」。そう語る米地質調査所のケイラ・イアコビーノ氏は、4月15日付け学術誌『Science Advances』に共著で白頭山の地下構造に関する論文を発表した。

 一般的な火山は、構造プレートがぶつかる位置にあるが、白頭山は、日本列島を形成した巨大な沈み込み帯から1000キロ以上離れた、プレートの真ん中に居座っている。つまり白頭山は、本来あるべきでない場所にある火山なのだ。

「これが大きな謎の一つです」とイアコビーノ氏は言う。

 北朝鮮の人々にとって、白頭山は聖なる山だ。この山は祖国の象徴であり、最初の朝鮮国を作った王が生まれた場所とされる。頂上付近では、この山が火山であることを物語るように温泉やガスが噴出し、天池(ティエンチ)と呼ばれるカルデラ湖がある。山の中国側は国立公園になっており、観光客やハイカーが多く訪れる場所だ。

白頭山はとても美しい場所です」と、2013年8月に調査で現地を訪れたイアコビーノ氏は語る。

 しかし、普段はおとなしいこの山も、2002年から2005年にかけては群発地震が発生し、山頂が隆起した。

 以来、白頭山に大きな動きはない。しかし、孤立を好む北朝鮮政府もこれには警戒を示し、近隣諸国や西欧の国々との接触を始めた。調査チームに召集された英国ロンドン大学の地震学者ジェームズ・ハモンド氏は、「白頭山は、激しい噴火を起こした実績があり、近年活発な活動を見せています。しかし、その正体については、まだよくわかっていません」と語る。

 何年にもわたる交渉の末、ハモンド氏らは北朝鮮に入り、地元の学者たちと協力して白頭山の調査を行う許可を得た。彼らは2013年に現地に入ると、全長60キロの直線上にソーラー地震計6基を設置した。

 地震計が収集したデータを基に、地震波が硬い岩盤を通ってきたのか、溶融してどろどろになった物質の中を通ってきたのかを判別する。そうしたデータを統合し、白頭山の地表下の状態を具体的に推測した。

 その結果、白頭山の下には、部分的に溶けた(部分溶融した)岩石の層があることが判明した。つまり、液体、ガス、結晶、岩石がドロドロに混ざった状態になっているのだ。

「こうしたデータは、白頭山がかなり活発に動いている証拠です」とイアコビーノ氏は言う。「しかし、大事なのは、噴火の可能性がどれほどあるのかという点です」

 正確なマグマの量や、部分溶融の規模はまだわかっておらず、ハモンド氏はもう一度現地に行って詳しい調査をしたいとしている。

 この先、噴火が起こるのかどうかを断言するのはまだ早計だが、岩石が部分溶融したマグマがあるという事実は、噴火を誘発しようとしている原因がなんであれ、それがまだ収束していないことを示している。946年の噴火と同規模の爆発が起これば大惨事になると、専門家らは指摘する。

 将来の噴火の可能性を探るには、白頭山に対する警戒を怠らず、その地下に広がる層を監視し続けることが肝要だ。

白頭山が大規模な噴火を起こす危険性は、非常に現実的なものであると考えられます」と、米テキサス大学の地震学者スティーブン・グランド氏は言う。「火山の地下構造を知ることは噴火の予知に役立ちますが、確実な予測はできません。刻々と変化する状況を注視していく必要があるでしょう」


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「白頭山」調査、停滞の恐れ 北朝鮮の核実験で
(時事通信 2017/09/08)

 北朝鮮の地下核実験により、中国との国境にある活火山「白頭山」(2744メートル)の国際調査の停滞が懸念されている。10世紀の大噴火は過去2000年間で世界有数の規模で、日本の北海道や東北にも火山灰が積もった。核実験で噴火が誘発されるかは不明だが、近年も地殻変動や火山性地震が観測されており、調査の強化が求められる。

 東北大東北アジア研究センターは1999年から日中共同で白頭山の調査を開始。北朝鮮や韓国の研究者も協力し、過去の火山活動を解明した成果を2008年に公表した。10世紀の大噴火の状況が分かる古文書はほとんど残っていないが、火砕流や土石流、降灰で大きな被害が出たとみられることを明らかにした。
 大噴火は、青森県・十和田火山の噴火(915年)後であることは、同県内の火山灰層の年代的な順序から明らかだったが、特定が難航していた。英ケンブリッジ大や中国地震局などのチームは今年、噴火で焦げた樹木の発掘調査やグリーンランド氷床掘削で得られた当時の氷の分析に基づき、946年後半と断定する論文を発表した。
 古文書によると、その後は1668年と1702年、1903年に小規模な噴火があった。2002年から06年にかけては火山性地震や地殻変動、火山ガス成分の異常が観測され、噴火が警戒された。北朝鮮とケンブリッジ大、米地質調査所のチームは白頭山の北朝鮮側6カ所に地震計を設置。地下にマグマの供給源が広がっている様子を解明し、昨年発表した。
 北朝鮮・豊渓里の地下核実験場は白頭山から南東に約110キロ。包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)によると、3日の核実験による地震の規模はマグニチュード6.1だった。

 白頭山の現地調査に携わった東北大の宮本毅助教は、今後も同規模以上の核実験が行われた場合、「火口付近のごく浅い地下にマグマで熱せられた水蒸気が閉じ込められていれば、揺れで噴出する可能性がある」と話した。噴火を誘発するかは「揺れでマグマが上昇する道が開く可能性と、逆に閉じる可能性があるので分からない」という。
 米ジョンズ・ホプキンス大の北朝鮮分析サイトによると、米国がネバダ州やアリューシャン列島で繰り返した地下核実験で、近くの火山が噴火した例はなかった。
 宮本助教は「白頭山では10世紀の大噴火以降、マグマが蓄積されていると考えた方がよい。しかし、大噴火がどれくらいの周期で起きるのかや、そもそも周期性があるのかも、まだ分からない。われわれの調査は北朝鮮のミサイル発射と(06年の)最初の核実験で中断したが、解明を進める必要がある」と話した。





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白頭山の噴火の兆候や北朝鮮の核実験での影響

# by magainfo | 2017-09-08 22:36 | 社会問題